若旦那が青野さんと交流した時に見た事聞いた事、感じた事など。


飯能での公演後の打ち上げでの青野さん。

青野武 – Wikipedia

青野さんが「セールスマン」を演じていた頃

…執筆中

ウルトラマン ザラブ星人

ベテラン声優の青野さん。じつは「ウルトラマン」に出演していた。 『ザラブ星人』の声をあてていた。
それだけではない。ザラブ星人の着ぐるみにも入っていた。ここまでは青野さんのファンにとっては有名な話。
直接その時のエピソードを聞いてみた。

「円谷プロのスタジオで撮影されたんだけどね、30分の番組だけど1ヶ月もロケしたんですよ。
私にその話が来たのはザラブ星人て口を動かして喋るんですよ。まあそれは動きとセリフに合わせて、
スタッフがポンプで口を動かすんだけど。
だからこれをやるのはちゃんと動けて喋る事ができる役者じゃないとダメだ、という事なんです。
うれしかったですね。

真夏の暑い日でね。当時はエアコンなんて無いし、こんな分厚い着ぐるみ着てるでしょ?
その中に入っているのって2,3分が限界なんですよ。暑くて!
…でも昼休みになったとき俺がいるの忘れられちゃってね。それ着たまま放置されちゃったんですよ。
後でスタッフが気がついて助けに来てくれたんだけど、あんときゃ死ぬかと思いました。

それからウルトラマンて最後の方のシーンで戦いがあるでしょう?
火薬なんかが爆発したりする…。
あの時目のところから火が入ってね、目の下ヤケドしたんです。今もその痕がありますよ。」

へえ~、と思ったお話でした。

06年に新作のウルトラマンの映画が公開されるが、ザラブ星人がまた登場する。
やっぱり青野さんが声をあてるらしい。さすがに着ぐるみは着ないだろうなー。

※後日談 ウィキペディアによるとやっぱり06年の新作ウルトラマンの「ザラブ星人」は声だけでした。

青野さんの好きなキャラ

アニメにしろ映画の吹き替えにしろ個性的でアクの強い役の多い青野さん。
今までやった役の中でどんなキャラが好き?・・・と、聞いてみた。

「アニメだったらやっぱり宇宙戦艦ヤマトの(真田志郎)。他にはみんな知らないかもしれないけど
破裏拳ポリマーの(車 錠)。《知ってます!》
そういう極端な性格のキャラが好きだねぇ。」  と言ってました。

そうなんです!「真田志郎と車 錠」!!
まるで違うんです、この二つのキャラ。

沈着冷静で明晰な頭脳を持ち、壮絶な過去を背負ったヤマトのブレーン、真田。
ドジで間抜け。いつも笑いのタネになってしまう三枚目探偵、車 錠。

確か私が小学生の頃、この二つの人物の声をやっている人が同じ声優さんだと気が付いたときは
そりゃあびっくりしました。
「えー?!憧れのかっこいい真田さんが、あんなドジな奴と同じ人だなんて!」
まあ、実際声を当てている人とアニメのキャラが同一人物、みたいな勘違いなんですけどねー。
私が「声優」という職業をはじめて知ったのは、この瞬間だったかもしれません。

私が舞台をやるようになってから聞いた話ですが、
「声優は7人以上のキャラを演じ分けられるようになれば一人前」だそうです。
ベテラン青野さんだったらいったい何人演じ分ける事が出来るんだろうか?
「極端な性格のキャラが好き」と言っていたけど、(究極超人あ~る)の
マッドサイエンティスト役のナリハラ博士は笑ったなー。ホントに極端で。
「群馬生まれの我が妻よ!」なんてセリフに大爆笑!
む?誰も知らんかこれ・・・。

青野さんの携帯?

青野さんはごく最近まで携帯電話を 持っていなかった。
正確に言うと今も持っていないが。  なぜ持たないか?
それは「急に仕事が入るのが嫌だから」だそうである。

青野さんは競艇が好きだ。だから競艇に夢中になっている時に仕事の電話が入るのがイヤ、らしい。
だが、ある日の競艇場でのアナウンスが青野さんの名を呼んだ。
「〇〇にお住まいの青野武様、至急ご自宅までご連絡ください。」
急な仕事の連絡だった。さすが売れっ子!

しかし、最近病気で倒れた青野さん。(芸協HPコラム役者一筋参照)
なにかあったらとっても心配だ。周りから「携帯もて」と言われたらしい。

しかし、現代の高機能の携帯は、今年70歳の青野さんにとっては拒否反応が・・・。
仕方がないので「家の電話の子機」を持ちあるっているそうである。
「え?なんですかそれ?親機から離れたらそれは通じないんじゃ?」
「いや、そうじゃなくて子機が携帯と同じように使えるのがあるんだよ。これなら家電とかわらないし、
家にかけるときは内線感覚で・・・」
そ、そうだったのか・・・ちまたでいうカンタン携帯より簡単そうだ。

「美●村」の裏メニュー

スタジオくらでの青野さん一人芝居「へんろう宿」の終了後、
飯能市内の蕎麦屋でスタッフとともに打ち上げを行った。「美●村」という寂れた感じのお店。
飯能在住の私だが、はじめて入った。
いやー、ホントに田舎の食事処といった味のある?お店である。

なにしろメニューが少ない。蕎麦がざるか掛けかてんぷら。
うどんがきつねかたぬきか同じくてんぷら。一品料理も玉子焼きとか冷奴とか五品くらいしかない!

…な、なんと地方色豊かな個性の無さ。飯能にこんな秘境があるとは驚きだった。

「ねえ、なんか他にメニューないの?」と聞くと、お店のおばさん店員が
「これは普段お客さんに見せたこと無いんだけど、良かったらこれを見て」
と写真付きのメニューを出してきた。  いかにも手作り。

内容を見てみるとなるほど、お店の壁には貼ってないメニューが出ている。
「子だぬきセット」 「子ぎつねセット」 名前だけ聞くとどんなものかわからないが、それには写真が付いている。
どうやら、たぬき、きつねうどんの他にご飯と海苔、お新香が付いたセットメニューだった。炭水化物ばっかり。
「わあ、なんだこれ、こんなのはじめて見た」と、皆さんの感想。
芸協で照明やっている〇上さんも「へえ、こんなのあるんだ~」と感慨深げだった。

「〇上さん、こんなのまだ序の口ですよ。
ここには (たぬきうどんのオスとかメス) というメニューもあるんです。」

「ええっ?ほんとに?どこどこ?」と、写真付きメニューをパラパラとめくりはじめた。

「うそです」・・・・・・皆さん大爆笑。

提携公演の当日パンフ「少林寺生の中のヒーロー」

96年3月16日、17日に飯能のスタジオくらで
青野さん属する劇団芸協と劇団銀河ステーションの提携公演が行われた。

青野さんの「へんろう宿」と私と島崎氏による「セールスマン」

もう10年も前になるんだなー。  とても印象に深い思い出になってます。
その公演の当日配られたパンフの内容です。

「少林 寺生の中のヒーロー」

皆さんは「宇宙戦艦ヤマト」をご存知だろうか?
三本もTVシリーズ化され、幾度も映画化されたSF大作アニメーションだ。
私はヤマトが大好きだ。特に第一作目のTVシリーズが印象に深い。

謎の惑星ガミラスから遊星爆弾によって突然攻撃を受け、地球人類滅亡まであと一年。
その限られた時間の中でヤマトは遥か宇宙の彼方へ二十四万八千光年という、
途方もない距離を旅しなければならない。
それを成し遂げなければ、遊星爆弾からもたらされる放射能により、母なる地球は壊滅する。
放射能除去装置を入手するため、宇宙戦艦ヤマトは、銀河の彼方、イスカンダルへたった一隻で旅立つ。

・・・というストーリーだが、当時まだ小学生だった私は夢中になってこれを見ていた。
中でも真田志郎というキャラクターが好きだった。
古代 進よりも、森 ユキよりも沖田艦長よりも好きだった。
真田志郎はガミラスとの戦斗に、最前線に立つことは少ない。これは戦斗班の古代の役目だ。
しかし彼はヤマトのブレーンの中で一番重要な男だ。
いつも沈着冷静でヤマトの行く先々の困難を打開する策をいつも持っている。 頼もしい男だ。
しかも彼は壮絶な過去を背負っていた。
ガミラスの遊星爆弾によって彼の家族は全滅していた。
彼自身も被爆し、両手、両足を失い、義手、義足をつけていた。
笑うことの少ないキャラクターではあったが、私は真田志郎が大好きだ。
大宇宙を航海する宇宙戦艦ヤマトの中で、その縁の下の力持ち的存在は、
私にとって今もなおヒーローで在り続けている。

さて、実はこの「真田志郎」の声を演っていたのは、今日これから皆様がご覧になる青野さんである。
私が大昔から憧れている役者さんと同じ日、同じ場所で
時を共有できるという感激と興奮が、皆様には理解できるだろうか?
とんでもないプレッシャーでもあるのだが。とにかく、とくとご覧あれ。
私のセールスマンはオマケで見ていただければ結構である。(怒られそうだな…)

=後略=

宇宙戦艦ヤマト

宇宙戦艦ヤマト

真田志郎

真田志郎

・・・私がどれだけ青野さんのファンか少しはお分かり頂けたかと思いますが、
当時は必死でしたー。青野さんと共演するんだから下手な事はできないと思ってましたからね。
相方の島崎さんと芝居を作るのに悩み、苦しみ、演出の原田さんの際限なく終らないダメだしを頂き、
それを体現しようと試行錯誤の連続。

でもどんなに稽古積んでもちっとも安心できませんでしたよ。
なにしろ当時は芸協の代表であり、演出家のあずさ欣平先生も元気に活躍してましたからね。
青野さんとあずさ先生の二人の前で芝居をやることが、とてつもなくプレッシャーでした。
「こんな大御所の前で俺なんかが何やったって、褒められるわけないじゃん!」
・・・なんて思ってました。 こ、こんなにやりにくい思いをしたのは初めてでした。
演出の原田さんでさえ、緊張してるのが見えたんですもの
少林寺的に言うと「中野先生と三崎先生の前で演武やれ」と言うのと似たようなもん。
こりゃ少林寺やってない人にはわからん例えか・・・。

案の定、ゲネプロ(本番前の通し稽古)では力みまくり、なんだこりゃ、という出来・・・。
演出の原田さんからでなく、あずさ先生から念入りにダメだし頂きました。

「しょうりん!さ行とら行のセリフが弱いぞ!」
「 そうじゃない!「見る」ってのはこうやってやるんだ!」
「なんたら、かんたら!うんぬん、かんぬん…(たくさんありすぎ)」

・・・なんて身振りや手振りを交えて語るとっても熱いご指導でした。
いままで稽古積んで出来てたことが出来なくて、やるな、と言われたことをやってしまう・・・。
あずさ先生に指摘された事の多くは、演出の原田さんから言われていたことでした
本番前日だというのに自己嫌悪に陥りました。俺は何やってんだ~!と。

でも、本番になってしまえば開き直ってやるしかない!自分なりに、一生懸命やりました。
「セールスマン」は喜劇ですから、受けてるかどうかはすぐわかります。お客さん笑うし。
お客さんの声に混じってあずさ先生の笑い声が聞こえたときはちょっとうれしかった。

その後、青野さんから「少林ちゃん、うまくなったね~」と言っていただきました。
涙がチョチョ切れました。 まあ、お世辞でしょうけどね。

あずさ先生はその後、しばらくして亡くなられてしまいました。
声の仕事をされているのに、喉頭ガンでした。
医者から「手術をすれば声は出なくなるが、命は助かる」といわれたが、
「仕事が出来なくなるので手術はしません」と答えたそうです。

驚いた医者が「バカな!命と仕事とどっちが大事か?!」と詰め寄ると
「仕事です」と、言ったそうです。

あずさ先生は、青野さんの事をどんなに売れていようが最後まで
「お前は一流だ」って言わなかったんですって。
青野さんの還暦祝いの時にお祝いの言葉で
「一流に近づいた」とは言ってましたが。

これはいくつになってもどんな時でも「自己研鑽を続けろ」という意味なんでしょうかね・・・。

この事は自分にとって、とても密度の濃い良い経験でした。

これからも青野さんの舞台を見続けていたいなぁ・・・。

あずさ欣平 – Wikipedia

あずさ先生の紹介があります。

劇団芸協所属 声優・田中和美さん死去

07年の暮れの12月、劇団芸協所属のベテラン声優の田中和美さんが亡くなりました。
56歳でした。
田中和美さんは最近は「ザ・ワイド」という番組のナレーションや
NHKの人形劇「ガンコちゃん」以前は「銀河烈風バクシンガー」の
「カーメン・カーメン」という役の声などをあてていました。

芸協の舞台で同じく声優の青野武さんとの二人芝居「小公園にて」
では、若い警官の役を演じ、涙を流したのを憶えています。

自分も「この役やりたい!」と思わせる、すばらしい舞台でした。
その後、その想いが実現してこの「小公園にて」の若い警官役を
飯能の舞台で上演しました。
それには劇団芸協のあずさ欣平先生、青野さん、田中和美さん、
和美さんの実兄でデビルマン、不動明役の田中亮一さんなど、
そうそうたるメンバーに観ていただき、
「あいつらがここまでやるとは想わなかったよ」とうれしい感想を
言っていただきました。

先日、劇団芸協の若手の一人から「和美さんが亡くなりました」
と連絡があったときは信じられませんでした。
「え!?嘘だろ?」

役者として円熟期に差し掛かってきた年代なのに、あまりに早い…
まだまだ良い芝居を俺に魅せて欲しかった。

今日、東府中まで通夜に行ってきました。
さすが、ベテラン声優だけあって、献花台に書いてある名前も
有名な声優さんばかりでした。

古谷徹、銀河万丈、真地勇士、TARAKO、小山真美、島田敏、古川登志夫
田中真弓(敬称略・ほか多数)
他には各プロダクション、映像制作会社、舞台制作会社の代表、
NHKの人形操作一同、と、すごい数でした。

劇作家、各劇団代表、とかの大物ばかりが勢ぞろいしていて、
自分みたいな無名の役者がいるのが場違いな気がしてました。

08年2月に芸協の公演があって、田中和美さんも出演される予定でした。
楽しみにしていたんですが、残念です・・・
謹んでご冥福をお祈りいたします。

『ざわざわ森のがんこちゃん』よりワニのバンバン

『ざわざわ森のがんこちゃん』よりワニのバンバン

田中 和実 | 株式会社青二プロダクション